大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(合わ)200号 判決

主文

被告人を無期懲役及び罰金五〇〇万円に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

覚せい剤一本(平成八年押第一五九九号の33)、覚せい剤一袋(同号の48)、回転弾倉式けん銃一丁(同号の39)、自動装填式けん銃三丁(同号の42、44、46)及び実包九八発(同号の40、41、43、45、47)を没収する。

被告人から金三三四八万円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第一  AことB及びCと共謀のうえ、営利の目的で、みだりに、

一1  平成八年二月一九日ころ、東京都墨田区《番地略》甲野株式会社乙山店駐車場において、Dに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶九八〇・九グラム及び大麻を含有する植物葉片一〇七六・六九グラムを代金三〇〇万円で譲り渡し

2  同年三月七日ころ、右同所において、Eに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶九七二・八一グラムを代金二二〇万円で譲り渡し

3  同月下旬ころ、右同所において、Fに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約九八グラムを代金三五万円で譲り渡し

4  同年四月九日ころ、右同所において、GことHに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約九八グラムを代金三五万円で譲り渡し

5  同月中旬ころ、右同所において、Iに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約九・八グラムを代金五万円で譲り渡し

6  同月二三日ころ、同都江東区《番地略》丙川一一〇三号J方において、同人に対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約九・八グラムを代金四万円で譲り渡し

7  同月二四日ころ、千葉市若葉区《番地略》丁原店駐車場において、Kに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約九八〇グラムを代金二二〇万円で譲り渡し

もって、覚せい剤及び大麻を譲り渡すことを業とした。

二  同月二五日は、東京都墨田区《番地略》戊田荘二階において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶四〇九九九・三三七グラム(平成八年押第一五九九号の1ないし32、34、35はその鑑定残)及び大麻を含有する植物細片二八七八・九五グラム(同号の36ないし38は鑑定残)を所持した。

三  同日、同区京島一丁目四八番七号付近路上において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶九五・一六七グラム(同号の48はその鑑定残)を所持した。

第二  LことMらと共謀のうえ、営利の目的で、みだりに、同年三月一六日ころから同月二二日ころまでの間、栃木県那須郡《番地略》所在のN所有の別荘において、黒色レーキ顔料の付着した塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶を水に溶解し、これを濾過して黒色レーキ顔料を取り除き、さらに加熱して濃縮するなどして、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約五・五キログラム及び同塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液一二五七グラム(同号の33はその鑑定残)を製造した。

第三  法定の除外事由がないのに、同年四月二五日、前記戊田荘二階において、口径〇・三八インチ回転弾倉式けん銃一丁(同号の39)をこれに適合する実包四八発(同号の40、41[うち四発は鑑定のため試射済みのもの])とともに、口径〇・三八インチ自動装填式けん銃一丁(同号の42)をこれに適合する実包二四発(同号の43[うち一発は鑑定のため試射済みのもの])とともに、口径〇・二五インチ自動装填式けん銃二丁(同号の44、46)をこれらに適合する実包二六発(同号の45、47[うち四発は鑑定のため試射済みのもの])とともにそれぞれ保管した。

(証拠)《略》

(争点に対する判断)

判示第二の事実について、弁護人は、本件行為は、黒色レーキ顔料が付着した覚せい剤から右顔料を取り除いたにすぎないから、覚せい剤の製造には該当せず、被告人は無罪であり、仮に右行為が製造に該当するとしても、被告人は、Mらの作業を一部手伝ったにすぎず、同人らとの共謀はないから、幇助犯が成立するにとどまると主張しているので、以下、当裁判所の判断を示す。

一  覚せい剤の製造に該当するか否かについて

前掲の関係各証拠によれば、Mらが行った作業は、黒色レーキ顔料の付着した塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶(以下、塩酸フェニルメチルアミノプロパンを「覚せい剤」という。)を水に溶解したうえ、水に溶解しない黒色レーキ顔料を濾紙で濾過して取り除くことによって、無色の覚せい剤水溶液を造り、さらにこれを加熱して濃縮した後、放冷し、できた結晶をさらに濾紙上で乾燥させて、覚せい剤の結晶を作るというものである(なお、結晶となっていない覚せい剤水溶液も一部残っている。)ことが認められる。

そして、覚せい剤取締法にいう覚せい剤の「製造」には、覚せい剤以外の物から覚せい剤を作り出すことのみならず、不純物を含む覚せい剤から不純物を除去して純粋な覚せい剤を作る「精製」も含まれるところ(同法二条二項)、前記のとおり、Mらが行った作業は、黒色レーキ顔料が付着した覚せい剤から、不純物である右顔料を取り除いて、覚せい剤の結晶ないし水溶液を作ったというのであるから、これが右にいう覚せい剤の「精製」に該当することは明らかである。

したがって、右行為が覚せい剤の製造に該当しない旨の弁護人の主張は理由がない。

二  Mらとの共同正犯の成否について

1  前掲の関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

被告人は、自分が組長をしている甲田組で覚せい剤を密売していたが、平成七年一二月中旬ころ、かねてから親交のあった暴力団組長のMから、黒色レーキ顔料が付着した覚せい剤(以下、「黒い覚せい剤」という。)を見せられたうえ、香港から黒い覚せい剤を日本に持ち込んで精製して白い覚せい剤にするので、精製した覚せい剤を買って欲しい旨言われ、当時、甲田組で密売する覚せい剤が不足気味であったことから、Mの依頼に応じることとした。

その後、被告人は、Mに誘われ、平成八年一月中旬ころ、Mとともに香港に赴き、中国人が黒い覚せい剤を精製する作業を見るとともに、Mから、黒い覚せい剤約三〇キログラムを、一キログラム当たり一四〇万円で日本に持込むことができ、精製作業を行う中国人も日本に連れてくるなどという話を聞いた。

香港から帰国して間もなく、被告人は、Mから、黒い覚せい剤を持込むための手付金を貸して欲しいと頼まれ、現金三〇〇万円をMに貸し付けた。

その後、同年三月上旬ころ、被告人は、 Mの依頼を受け、黒い覚せい剤が入った段ボール箱一箱を預かったが、その中身が、Mが話していた黒い覚せい剤であろうと思っていた。

同月一四日ころ、被告人は、右段ボール箱をM方に届けたが、その際、M方には中国人男性二名がおり、被告人は、Mから、明日から那須の別荘に行って黒い覚せい剤を精製する作業をしよう、これから必要な道具を買いに行こうと誘われた。被告人は、前記のとおり、甲田組で密売する覚せい剤が不足しており、Mが精製する覚せい剤を買おうと考えていたことや、Mに黒い覚せい剤の手付金として三〇〇万円を貸し付けていたことなどから、Mらとともに精製作業を行うこととし、被告人自身も理化学器械販売店に赴いたが、同店は閉店しており、精製作業に必要な器具類を購入することはできなかった。

翌一五日ころ、被告人は、右段ボール箱を自動車に積んで那須に向かい、精製作業に必要なビーカー、濾紙、石綿付き金網等を購入してきたM及び同人が連れてきた前記中国人二名と合流し、判示の別荘に行った。

そして、翌一六日ころ、M及び被告人らは、精製作業に必要な卓上ガスコンロ、ザル、ガスボンベ等を購入したうえ、その日から同月二二日ころまでの間、右別荘において、主として、中国人二名及びMが中心となって、前記一記載の方法で、右段ボール箱に入っていた黒い覚せい剤を精製する作業が行われ、最終的に、判示のとおり、覚せい剤の結晶約五・五キログラム及び覚せい剤の水溶液一二五七グラムが精製された。

被告人は、別荘に滞在して、精製作業を現認していたほか、自らも、覚せい剤結晶の乾燥作業の一部を担当したり、作業中に不足したガスボンベを購入しするなどし、また、精製された覚せい剤のうち、同月一九日ころ、結晶約一・五キログラムを、Mに対する貸金の返済の一部として受取り、Cに渡して密売させた。

2  以上のとおり、被告人は、Mから覚せい剤を精製する話を聞き、甲田組で密売する覚せい剤が不足していたことから、Mが精製する覚せい剤を入手しようと考え、Mとともに香港に赴いて精製作業を確認し、黒い覚せい剤の購入資金の一部をMに貸し付けたうえ、精製作業をしようとのMの誘いに応じて、同人から預かっていた前記段ボール箱に黒い覚せい剤が入っていることを認識しながら、これを精製場所である判示の別荘に運搬し、さらに、精製作業にも立ち会い、その一部を分担するなどし、精製した覚せい剤の一部を入手したものであり、これらの事実によれば、被告人がMらと共謀のうえ、本件覚せい剤製造に及んだと認められ、Mらとの共同正犯が成立することは明らかである。

したがって、被告人は幇助犯にとどまるとする弁護人の主張は理由がない。

(累犯前科)

一  事実

被告人は、昭和六二年五月二八日宇都宮地方裁判所で覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反の罪により懲役五年及び罰金四〇万円に処せられ、平成四年五月七日右懲役刑の執行を受け終わった。

二  証拠

前科調書、右宣告にかかる判決書謄本

(法令の適用)

罰条

判示第一の行為について 包括して刑法六〇条、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下、「麻薬特例法」という。)八条二号、四号(大麻取締法二四条の二第二項、一項、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項)

判示第二の行為について 刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項

判示第三の行為について 包括して銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第二項、一項、三条一項

刑種の選択

判示第一の罪について 無期懲役刑及び罰金刑

判示第二の罪について 情状により有期懲役刑及び罰金刑

再犯加重

判示第二及び第三の各罪について

いずれも刑法五六条一項、五七条(同法一四条の制限内で再犯の加重[判示第二の罪についてはその懲役刑に加重])

併合罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑について四六条二項本文(判示第二及び第三の各罪の懲役刑は科さない)、罰金刑について同法四六条二項ただし書、四八条二項(判示第一及び第二の各罪所定の罰金額を合算)

未決勾留日数の算入 刑法二一条

労役場留置 刑法一八条(金二万円を一日に換算)

没収

覚せい剤一袋(平成八年押第一五九九号の48)について

覚せい剤取締法四一条の八第一項本文(判示第一の三の罪に係る覚せい剤)

覚せい剤一本(同号の33)ついて

刑法四六条二項ただし書、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文(判示第二の罪に係る覚せい剤)

けん銃四丁(同号の39、42、44、46)及び実包九八発(同号の40、41、43、45、47)について

刑法四六条二項ただし書、一九条一項一号、二項本文(判示第三の犯罪組成物件)

なお、本件記録、判決書謄本(甲三三九)及び裁判確定証明書(甲三四一)によれば、本件で裁判所に押収されている覚せい剤五〇袋(平成八年押等一五九九号の1ないし32、34、35)及び大麻三包(同号の36ないし38)は、本件と併合審理されていないCに対する覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反(変更後の訴因 麻薬特例法違反)被告事件(当庁平成八年合わ第一五九号)においても二重に押収されているところ(同年押第一七九六号の1ないし37)、Cに対する有罪判決において、右覚せい剤及び大麻を没収する旨の裁判が言渡され、右裁判が既に確定していることが認められ、右覚せい剤及び大麻は、既に国庫帰属の効力が生じているから、本件においては没収の言渡しはしない。

追徴 麻薬特例法一四条一項一号、一七条一項(判示第一の一の犯行[同第一の一1の覚せい剤及び大麻の譲渡以後、平成八年四月二四日ころまでの間に、業として行った覚せい剤及び大麻の譲渡]により被告人が合計金三三四八万円を得たことは、前掲の判示第一の一の事実に関する証拠によって認められる。)

(量刑の理由)

一  本件は、暴力団組長である被告人が、組員二名と共謀のうえ、覚せい剤及び大麻の密売を業とするとともに、密売のために大量の覚せい剤及び大麻を所持し(判示第一の犯行)また、知人の暴力団組長らと共謀して、営利の目的で多量の覚せい剤を製造し(判示第二の犯行)、さらに、けん銃四丁をこれに適合する実包九八発とともに保管した(判示第三の犯行)という事案である。

二  判示第一の犯行について

被告人は、配下の組員とともに、覚せい剤等の薬物の仕入れ、薬物の管理、客からの受注、客への薬物の引渡し、売上金の管理等の役割分担を決めたうえ、大量の覚せい剤及び大麻を仕入れ、約一キログラム、一〇〇グラムあるいは一〇グラム単位で、多量の覚せい剤及び大麻を、組ぐるみで組織的かつ継続的に、いわばビジネスとして密売していたものであって、その密売先も、主として薬物の密売人であり、その範囲も東京周辺のみならず、大阪方面にも及んでいることからすると、薬物の害悪を広く社会に拡散させた大規模な密売といえ、その社会的危険性は極めて高いうえ、密売用に覚せい剤合計約四一キログラム及び大麻草約二・九キログラムという大量の薬物を所持していたものであって、これらが密売された場合の害悪の拡散には測り知れないものがあり、社会に対する重大な脅威といわざるを得ないことをも考慮すると、本件は極めて悪質な犯行である。

そして、被告人は、暴力団組長として、主として覚せい剤の仕入れ及び売上金の管理を担当するとともに、組員に薬物の小分け及び保管を指示し、売却に当たらせるなど、本件の中心的な役割を果たしていたものである。

さらに、被告人が犯行に及んだ動機をみても、薬物を社会に蔓延させることを意に介せず、多額の利益を得て組の活動資金等に充てようとしたというものであって、酌量の余地は全くないばかりか、被告人らは、現に、密売により、判示第一の一の犯行にかかる約二か月間に、三〇〇〇万円以上もの多額の不法利益を得ていたものである。

以上に加え、薬物の蔓延が大きな社会問題となっており、かかる薬物を社会に拡散させ、これによって利益を得ようとする犯罪を厳しく処罰することが、社会的に要請されていることをも考慮すると、判示第一の犯行における被告人の責任は、極めて重大であるといわなければならない。

三  判示第二の犯行について

被告人は、知人の暴力団組長から誘われたことが関与のきっかけとなっているとはいえ、密売する覚せい剤が不足していたことなどから、覚せい剤を入手してこれを密売しようと考え、右組長に黒い覚せい剤の購入代金の一部を貸し付けるとともに、右組長が計画した覚せい剤の製造に加担し、自らもその精製作業に立ち会って、その作業の一部を分担するなどしたものであり、その動機に酌量の余地はなく、被告人の関与も従的なものにとどまらない。

また、本件製造にかかる覚せい剤も、結晶五・五キログラム及び水溶液一二五七グラム(なお、本件鑑定によれば、右水溶液から覚せい剤を結晶化させると、その量は約五八〇グラムに及ぶ。)と多量であり、被告人は、そのうち、覚せい剤結晶合計約二・五キログラムを入手し、その大部分を密売していたものである。したがって、判示第二の犯行における被告人の責任も重いといわざるを得ない。

四  判示第三の犯行について

被告人は、十分な殺傷能力を有するけん銃四丁を、これに適合する実包九八発とともに隠匿していたものであって、その数は少なくなく、被告人が暴力団組長であることをも考慮すると、本件は危険な犯行といえ、被告人の責任は軽視できない。

五  以上に加え、被告人は、長年にわたり、暴力団組長として活動してきたもので、覚せい剤取締法違反等の薬物前科四犯を含む多数の前科があり、平成四年五月に覚せい剤の営利目的譲渡等による前刑を終えて出所した後、ほどなくして暴力団を結成して組長となり、本件各犯行に及んだものであって、被告人の暴力団組織に対する親和性は顕著であり、また、薬物犯罪に対する規範意識の欠如も著しいといえる。

六  以上述べたところによれば、本件における被告人の刑事責任は、極めて重大であるといわざるを得ず、被告人が本件各事実を認め、反省しており、今後は暴力団との関係を断ち、地道に生活したい旨述べていること、被告人には、妻と幼い子供がおり、その妻は、被告人が社会復帰するのを待ちたいと述べていること、被告人の健康状態は必ずしもすぐれないことなど、被告人のために酌むべき諸事情を最大限考慮しても、主文の刑に処すほかないと判断した。

(求刑 無期懲役及び罰金五〇〇万円、覚せい剤、大麻、けん銃及び実包の没収、追徴三三四八万円)

(裁判長裁判官 大野市太郎 裁判官 大善文男 裁判官 染谷武宣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例